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インドは招く

小室 洋三 (外U1970)

インドと関わってずいぶん長くなる。最初の海外赴任地がインド西海岸にあるゴアだった。大航海時代にポルトガルがアジア進出の拠点にした良港で、日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルの遺骸が安置されていることでも知られる。16世紀末の天正遣欧少年使節団はローマへの行き帰りにここに立ち寄っている。歴史を刻んだ場所なのだが、20歳代の当時の私にはゴア繁栄の往時を振り返る余裕はもちろんなく、鉄鉱石の買い付けに走り回る日々だった。あれから40年。70歳を前にしたいまもインド通いが続いている。古い経験が少しでもお役にたてればとインド進出を目指す日本の中小企業のお手伝いをさせてもらっている。人口12億5000万人の巨大市場インドはどこに向かうのだろうか。以下は私なりのインド小論である。

インド市場の魅力

日本企業にとって西を向けば中国、インドという二つの巨大市場がいつも「いらっしゃい」と手を広げて待ち構えている感がある。すでに中国には多くの企業が進出し成功を収めた会社もあればそうでない会社もある。進出のノウハウもだいぶ蓄積されてきた感じではあるが、厄介なことに時々表面化する反日感情や共産党独裁という政治体制に不安を抱えたままで不確定要素が大きい。インド進出も当然ながらリスクを伴うが、この10年間で日本からインドへの進出企業数は約5倍(2014年10月時点で1209社)、進出拠点数は約13倍に急増した。中国からシフトした企業もある。

インド市場の魅力は何だろうか。世界最大の民主主義国家と言われるインドでは政権交代はよくあるが、官僚制がしっかりしているので体制が大きくぶれることはない。それを前提に個々の利点を見て行くと、まず第1にその人口規模から巨大な需要が見込まれる。第2は購買力のある中間層(ミドルクラス)が拡大していることだ。インドでは中間層は年間所得が5000ドル以上3万5000ドル未満の者を指すが、2010年に約5億人だった中間層は2020年には約8億2000万人に達するとみられている。第3は豊富な労働力があることで、多くは英語を話す。全人口の約65%が35歳以下であり若いエネルギーが期待できる。そして第4に重要なことはその地理上の位置だ。日本からの距離は中国よりも遠いのだが、地図を広げて眺めれば、東南アジア、中東、アフリカ地域へのアクセスに利点があることが改めてわかる。

「Make in India」

2014年に発足したナレンドラ・モディ政権の経済政策は日本企業の進出に追い風になるかもしれない。インド茶のカップ売りから身を興したモディ氏はグジャラート州首相時代に道路や港湾の整備などインフラの改善を積極的に行い海外からの企業誘致を推し進めて同州に大きな経済発展をもたらした。それは「グジャラートの奇跡」とまで言われた。政権与党のインド人民党はヒンズー至上主義政党として知られるが、モディ首相に対するインド国民の期待は大きく、経済政策が大幅に変更されることは考えられない。経済最優先で現実主義路線に立つ指導者とみていいと思う。

経済政策のキーワードは「Make in India」である。モディ政権が描くインドの将来像は「信頼できる産業国家」で、「消費大国に見合う生産大国」への成長と転換を目指している。その柱が「インドで生産しよう」という「Make in India」キャンペーンであり、インド国内での外国企業の事業活動の拡大を打ち出している。モディ首相は1000社を超える国内外の主要企業が参加した会合で、①「Red Tape」(効率の悪いお役所仕事)から「Red Carpet」(外国企業の丁重な歓迎)への転換を目指す②国内企業は従来の「FDI」(Foreign Direct Investment)ではなく新しい「FDI」(First Develop India)で国内開発を優先すべし③計画経済から市場経済への転換――を訴えた。この狙いは外資の参入を呼びかけ、製造業を経済成長の柱に据えて今後3、4年間で国内総生産(GDP)成長率を7~8%に引き上げることにある。GDPに占める製造業の割合を2022年までに17%から25%に引き上げ、1億人の雇用を創出するという。

参入の壁

もちろんインド市場がバラ色というわけではない。大きな期待が集まる一方で、外国企業にとっては多くの困難があることも指摘されている。世界銀行がまとめた「環境ランキング」によると、ビジネスを展開しやすい国の第1位はシンガポールで、ロシア92位、中国は96位、ブラジル116位、インドはさらに遅れて134位という低評価だ。インドの低評価の理由は①土地取得の難しさ②インフラ整備の遅れ③政策手続の煩雑さ――などが指摘されている。

特にインフラの未整備は深刻だ。JETROが日系企業から受けた相談やアンケートでは、調査した企業の約7割がインフラの整備の遅れを最大の問題と答えている。中でも電力不足、流通システムの未整備などが大きな障害になっているとの回答が多かった。インドの電力不足は1947年の独立以来の問題で、いまでも供給が需要に追いつかない。グジャラート州首相時代に同州の停電問題を解消し電力の安定供給に成功した実績があるためか、モディ政権は計画停電などを実施し「大きな問題はない」としているが、簡単に「はい、そうですか」と言うわけには行かない。現にほとんどの日系企業が会社と自宅に自家発電機を備えている。進出企業にとって自家発電装置の設置は初期段階での投資費用が大きくかさむことになる。そのコストは公共電気料金の2~3倍と言われる。

インドへの日本企業進出は、スズキなどの自動車大手と部品メーカーが出て行くことから本格的に始まり他業種がそれに続く形で拡大してきた。規模の大きな企業は、土地や電力を優先的に確保できることもあるが、私が担当している中小企業の場合は、人材、資金などに制約があるため進出する際のパートナーの選定などに細かな工夫が必要となる。「現地でモノをつくっても全部買ってもらえるという保証があるのだろうか」といった懸念はよく聞くし、進出の最初の段階で間違うと現地のパートナーにだまされるというケースも出てくる。生活、習慣も日本と大きく違い、ホモジニアスな日本人には戸惑いがあるのも事実だ。

将来性を見据えて

インド市場のハードルは高く進出を断念する企業もある。私も「決して甘い国ではないですよ」というアドバイスはしているが、中長期的な成長の可能性を見て進出相談は着実に増えている。今後十数年以内にインド市場が中国市場を上回る規模に発展するという予測は多くの専門家の共通認識になっている。2014年秋にモディ首相が来日した際に、安倍首相は5年間で対インド投資を倍増することを表明した。首相が属する自民党の清和会は日印関係の強化に最も熱心に取り組んできた政治家集団で両国間の人脈に太いパイプがあるとされる。進出企業にとって環境は整いつつあると言ってもいいかもしれない。この40年でインドは変わったと言えば変わったし、変わらないと言えば昔のままでもある。インドの何が魅力かと聞かれてはっきりした答えがあるわけではないが、一つだけ感じていることがある。40年前はインドで一人でいるとなんとも言えぬ「恐怖感」を覚えたものだが、いまはインド人に「笑顔」が目立ってきているように思う。私自身の感じ方が変わっただけの話かもしれないが、そこには確かにインドの人々が将来に何かしらの手ごたえをつかんでいる印象があるのだ。

略歴

大倉商事(株)、日鐵商事(株)などに勤務後、JETRO(日本貿易振興機構)本部アドバイザー、新興国進出支援専門家などを歴任。インド滞在は通算12年。現在もインド進出中小企業の支援相談などに携わる。

インドの言語を専攻する外語生で、インドへの留学を希望する学生に対し、無償で留学資金(学費、滞在費、航空運賃など)を提供する基金(略称・鎗田基金)が今年発足することになった。資金は、インド語を昭和30年に卒業した鎗田邦男氏が大学に提供し、優秀な学生をインドの大学に送りこむという画期的な制度である。インド新時代を前に、全国から志のある学生を集めることになろう。 詳細は、追ってお伝えします。(インダス会)

『誘発地震―正邪の人災』 (文芸社刊 定価1400円+税)11月15日発売 「皆さんは『誘発地震』という言葉をご存知でしょうか? この近未来サスペンスは、福岡市沖の玄界灘で、漁に出た親子が、正体不明の人骨を引き揚げる場面から始まる。見つかった北朝鮮のバッジから、人骨は工作員のものらしい。そして意外な方向へ物語は進み、読者をいつの間にか巨大な陰謀の世界へ引き込んでいく。富と正義のせめぎ合い。文明への痛烈な批判・・・。年末、年始は、初詣や騒々しいTV番組を離れて、読書三昧で過ごしてみてはいかがでしょうか? とにかく面白い書です。以下は、同期生の感想です。少し長くなりますが、ご一読ください。 <外語・同期生からの推薦の言葉> ▲東北文化学園大学名誉教授(アジア経済)山崎恭平氏(外語ウルドウー語1966年卒) 3.11東日本大震災の恐怖を直に体験した仙台在住の私は、本書を読んでから『誘発地震』が発生する可能性を想定できるようになった。地震は自然災害だけでなく、本書で指摘しているように大量の地下水くみ上げや地下資源の乱開発等の人工災害でも起こるであろう。そして、その危険性を逆手にとって巨利を目論む国際資本が登場して謀略や陰謀を繰り広げ、国際サスペンス小説としての面白さに加えて近未来小説のテーマの問題意識もある。500ページ近い長編が読み出すと一気に引き込まれるのは、外語卒業後新聞記者として世界を相手に磨いてきた洞察力と知見にあふれ、小気味良い文章力と構想力だ。 ▲桜美林大学名誉教授(米国経済)瀧井光夫氏(外語ウルドゥー語1967卒)  数年前に本人から小説を書いていると聞いたが、まったく音沙汰がなかった。諦めたかと半分思っていたが、何とも素晴らしい作品が完成した。面白いだけではない。「誘発地震」が根拠のない話ではないことを知って恐怖も感じる。物語は福岡から東京、サンフランシスコ、ブエノスアイレス、ドバイ、マンハイムと世界大に展開する。新聞記者と編集者としての長い経験からか、人間の描写にも科学的な説明にも舌を巻く。温厚な著者の外見からは伺い知れない筆力。これは、決して著者のいう「妄想」の物語ではない。より多くの人に読んでほしい傑作である。 ▲元国士舘大学大学院客員教授、元駒沢女子大学教授(国際政治) 渡邉光一(外語ヒンディー語 1966卒) インダス会会長、東京外語会副理事長 F・フォーサイスを髣髴とさせる構成と筆致。アガサ・クリスティばりの緻密な展開。卒業後、西日本新聞記者として活躍した筆者が、ソウル特派員などの海外経験や幅広い科学知識を駆使して取り組んだ処女作である。物語のテーマは、地球の富を牛耳る超富豪たちの陰謀である。彼らは今世紀、ついに国家体制の崩壊を狙い、福岡サミット開催を阻止しようと策略をめぐらす。グローバル化のなかの国家のあり方、貧富の格差拡大など、我々が今直面する大きなテーマを直視しながら、大団円に近づく。著者の分身と思われる主人公は、はたして孤高の戦いに勝利するのか?結論は読んでからだ! 以上

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